40代底辺投資家の資産運用

CFD.ETF.投資信託による資産形成。雑記。

底辺の定義

僕は自覚があります。
社会不適合者であるということに。


朝起きて、仕事に行く。


これが無理なんです。
死ぬほど嫌なんです。
死にたくなるほど嫌なんですよ。
とにかく働きたくないんです。
ずっとずっと、我慢してきました。
これが当たり前なんだから、と。
我慢できない自分は駄目なんだと。



でも、ある時思ったんです。
当たり前って何だろうって。
人と同じことが当たり前。
人と同じことができないなんておかしい。
みんな我慢してやってるんだから。



…何の為に?




我慢して不幸になる人生って意味あるのかなと。
それこそ、死んだほうが幸せなんじゃないかと。


けっこう追い詰められてたんですよね。


気付いてたことがあります。
仕事を辞めると、心が軽くなるんです。
僕、意外と真面目なんですよ。
求められる仕事はこなそうとしてしまうんです。
できないのに、何とかしようとするんです。
結果、精神的に追い詰められていきます。
結果が出せない自分を責め始めます。
そして悪循環が始まります。



気付いたことがあります。
仕事を辞めても、腹は減ります。
住宅ローンもあります。
やっぱり働かなきゃいけないわけです。
とりあえずバイトとかします。
すると。
飯ぐらい食えるし、ローンぐらい払えるんです。
労働時間は少々長くなるかもしれません。
休みも減るかもしれません。
でも、精神的負担がないので楽なんです。
心が軽いのなら。
何だってやれる気がしてきます。

いい歳してフリーターなんて…。
それが精神的負担になる人もいるでしょう。
でも、世間体なんて気にする必要ないんです。
何故なら。
僕のことなんて誰も見てないからです。
自意識過剰なんですよね。
もちろん親しい人は見てくれてると思いますよ。
そういう人は大事にしたほうがいいと思います。
でもね。
その他大勢レベルの人なんて。
本当に僕のことなんて見てないですから。


前にも書きましたが、
相対的な幸せなんて意味がないんです。
自分の価値を見失わなければいいんです。


社会的に見れば僕は正に底辺でしょう。
底辺投資家を名乗ってますし、自覚もあります。
しかしそれは社会的、相対的な定義です。



僕の価値は、僕自身が決めます。
絶対的な定義を僕は持っています。



アインシュタインは言いました。


「常識とは18歳までに身につけた偏見である」


当たり前を疑ってみませんか?




まあ最近、アニメの
僕のヒーローアカデミア
知ったんですけどね。
これ言いたかっただけ。



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ではまた。